NOVEL

2025.11.07

小島屋短編小説「夢を削る日々」第33話「 掲載号の反響」

雑誌が発売されたのは、取材から3週間後のことだった。朝の郵便受けに届いた封筒を開けると、厚みのある紙の香りがふわりと広がった。翔太はそのページを恐る恐るめくり、自分の名前と写真を見つけた。

『静けさの中で生まれる形――若手木工職人・藤川翔太の挑戦』

見慣れた工房の風景。自分が撮られた写真は少し照れくさく、けれどもどこか誇らしくもあった。記事の中には、翔太の言葉が丁寧に書き起こされていた。木への想い、人とのつながり、ものづくりの意味。それが活字になり、紙面に並んでいる光景は、まるで自分の心が外に出て歩き始めたようだった。

「……すごい。」

佳奈がページを覗き込み、感嘆の声を漏らした。「ちゃんと翔太くんの言葉が伝わってる。写真もすごくいいよ。工房の雰囲気、そのままだね。」

翔太は少し頬をかきながら笑った。「こうして見ると、なんだか他人の話みたいだな。でも……嬉しい。」

昼を過ぎたころから、工房の電話が鳴り始めた。最初は知り合いの家具職人仲間からだった。「雑誌見たぞ、すごいな!」と明るい声。次に地元のカフェの店主からも声がかかった。「うちの店にも、あの椅子を置けないかな?」

翔太は驚きながらも、一つひとつ丁寧に応対した。佳奈はその横で、メモ帳を手に取り、問い合わせ内容を整理していく。電話を切るたびに、二人の目が自然と合った。そこには、言葉にできない喜びと、ほんの少しの不安が入り混じっていた。

「なんだか、急に世界が広がったみたいだね。」佳奈が笑う。

「うん。でも、怖くもある。自分の椅子が、人の期待の中に置かれるっていうのは。」

佳奈は首を振った。「期待って、悪いことじゃないよ。翔太くんの椅子は、それに応えられる力を持ってる。」

夕方、工房に見覚えのある人物が訪ねてきた。展示会で知り合った木材商の佐伯だった。手には雑誌を持っている。

「雑誌、見たよ。いい記事だったな。」と、にこやかに言う。「実は、これを機に少し大きな木を扱ってみないかと思ってね。新しい材が入ったんだ。翔太くんなら、きっと面白いものを作ってくれると思ってる。」

翔太は思わず姿勢を正した。「ありがとうございます。でも、そんな立派な材、僕なんかに扱えるでしょうか。」

「扱えるさ。いや、もう“僕なんか”なんて言わなくていいんだよ。」佐伯は穏やかな笑みを浮かべた。「君の椅子には、静かな強さがある。木がそれを知ってるんだ。」

その言葉に翔太は深く頭を下げた。胸の奥で何かが温かく灯るのを感じた。

夜、佳奈と二人きりになった工房で、翔太は再び雑誌を開いた。撮影の日の自分の表情を見つめる。そこには、不安と希望の入り混じった目をした自分がいた。

「……あのとき、佳奈がいてくれてよかった。」

佳奈が穏やかに微笑んだ。「私も、翔太くんの隣にいられてよかったよ。」

二人の間に、言葉にならない静けさが流れた。窓の外では風が木々を揺らし、工房の灯りが柔らかく揺れている。新しい日々の予感が、その光の中に確かに息づいていた。

翌朝、翔太は早くに目を覚ました。机の上には、佐伯から預かった木のサンプルが置かれている。触れると、しっとりとした重みと、かすかな温もりが指に伝わった。

「この木で、次の椅子を作ろう。」

そう呟いた翔太の声は、静かで、それでいて確かな決意に満ちていた。佳奈が眠そうに目をこすりながら顔を出す。

「もう次の構想?」

「うん。まだ形は見えないけど……今度は、自分の“言葉”を木に込めたい。」

佳奈は微笑み、頷いた。「それなら、また新しい風が吹くね。」

朝日が工房の窓を満たし、木の粉が光の中で舞った。翔太はその光景を見つめながら、静かに息を吸い込んだ。心の中に、新しい物語の始まりが確かに芽生えていた。


(34話へつづく)
(文・七味)