NOVEL

2025.07.25

小島屋短編小説「夢を削る日々」第26話「 小さな工房」

春の光が差し込む朝、翔太は古民家の玄関に立っていた。
新しく借りた工房は、町の外れの静かな通りにひっそりと建っていた。木の引き戸を開けると、懐かしい木の匂いが鼻をくすぐる。

床にはまだ埃が残り、壁には古びた釘跡があった。だが、翔太の目にはそのすべてが新しく、希望に満ちて映った。

「ここが、俺の始まりだ。」

そう呟き、床に膝をついて、まずは掃除から始めた。雑巾で柱を拭きながら、心の中に少しずつ火が灯っていくのを感じた。

数日かけて道具を運び入れ、作業台を組み立て、ようやく小さな工房の形が見えてきた。照明の位置、換気の仕方、木材の保管方法。すべてが手探りだったが、その手探りこそが翔太にとっての“自由”だった。

照明の配線を整える際、翔太は一つひとつの電球の位置にまでこだわった。作業台の影にならないように、高さや向きを調整しながら、これまでの工房での経験を思い出していた。

木材の保管棚も、無駄のない導線と通気性を考えて自作した。余白を多く取った配置は、どこか翔太自身の心の余裕を映しているようだった。

最初の一脚は、やはり自分のための椅子にしようと思った。開業の日、そこに座り、自分の始まりを確かめるための椅子。

佳奈が訪れたのは、開業準備が整い始めた頃だった。

「思ったより広いね。光もきれい。」

翔太は照れたように笑った。

「まだ何にもないけど、これから少しずつ、ね。」

佳奈は机の角を指先でなぞりながら言った。

「ここで、どんな椅子が生まれるんだろうね。」

翔太は少しだけ黙って、それから答えた。

「きっと、まだ僕にも分からない。でも、ここから先は全部、自分の責任で作るって決めた。」

佳奈はうなずいた。

「じゃあ、ちゃんと見届けるよ。翔太くんの椅子の、その先も。」

春風が窓から吹き抜け、小さな工房に木の香りが優しく満ちた。

翔太の新しい一歩は、ここから始まった。


(27話へつづく)
(文・七味)