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NOVEL

2025.06.27

小島屋短編小説「夢を削る日々」第24話「 椅子を届けに行く」

晴れた午後、翔太は完成した椅子を軽トラックの荷台に積み込んだ。チェリー材の温かな光沢が、陽射しにやさしく照らされている。座面にはリネンの布をかけ、少しの振動にも傷つかないように厚手の毛布で包んだ。

出発の前、工房の片隅でその椅子に手を添えると、翔太の心に不思議な静けさが満ちた。

「頼んだぞ。」

誰にというわけでもなく、だが椅子に語りかけるようにそう言って、荷台のシートをそっとかけた。

お客の家に着いたのは午後三時過ぎ。あの窓辺にはやわらかな日差しが射し込んでいて、部屋全体に午後の匂いが漂っていた。

女性は玄関に出て、嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。

「まあ、素敵な木の香り。ほんとうに、出来上がったのね。」

翔太は軽く頭を下げ、ゆっくりと椅子を抱えて家の中へ運び込んだ。

「ここですね。」

女性が頷き、窓辺の場所を空けた。そこに椅子を置くと、まるでそこに前からあったかのようにしっくりと馴染んだ。

光の角度、床の色、周囲の家具との相性——そのすべてが、自然と整って見えた。

「どうぞ、座ってみてください。」

促すと、女性は少し照れたように笑いながら腰を下ろした。そして、そっと背もたれに体を預ける。

「…ああ、ぴったり。柔らかくないのに、背中が包まれるよう。しかも、なんだか安心する香りがするわね。」

翔太の胸の奥で、なにかがほどけた。

「ありがとうございます。本当に、嬉しいです。」

しばらくのあいだ、二人は窓辺に向かって椅子を眺めた。まるで、静かな観客のようにその存在を見守っていた。

やがて女性がふと口にした。

「また、頼んでもいいかしら?次は主人の分も欲しくなってしまったわ。」

翔太は驚き、そして思わず笑った。

「もちろんです。ご主人にも、気に入っていただけたら嬉しいです。」

椅子をつくるということは、ただ物を届けるだけではない。その人の暮らしに、小さな場所をつくること。翔太はそれを、この一脚を通じて深く感じた。

帰り道の夕陽の中、翔太はトラックを走らせながら、もう次の設計図を頭の中で描き始めていた。

物語は、まだ続いていく。


(25話へつづく)
(文・七味)