晴れた午後、翔太は完成した椅子を軽トラックの荷台に積み込んだ。チェリー材の温かな光沢が、陽射しにやさしく照らされている。座面にはリネンの布をかけ、少しの振動にも傷つかないように厚手の毛布で包んだ。
出発の前、工房の片隅でその椅子に手を添えると、翔太の心に不思議な静けさが満ちた。
「頼んだぞ。」
誰にというわけでもなく、だが椅子に語りかけるようにそう言って、荷台のシートをそっとかけた。
お客の家に着いたのは午後三時過ぎ。あの窓辺にはやわらかな日差しが射し込んでいて、部屋全体に午後の匂いが漂っていた。
女性は玄関に出て、嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「まあ、素敵な木の香り。ほんとうに、出来上がったのね。」
翔太は軽く頭を下げ、ゆっくりと椅子を抱えて家の中へ運び込んだ。
「ここですね。」
女性が頷き、窓辺の場所を空けた。そこに椅子を置くと、まるでそこに前からあったかのようにしっくりと馴染んだ。
光の角度、床の色、周囲の家具との相性——そのすべてが、自然と整って見えた。
「どうぞ、座ってみてください。」
促すと、女性は少し照れたように笑いながら腰を下ろした。そして、そっと背もたれに体を預ける。
「…ああ、ぴったり。柔らかくないのに、背中が包まれるよう。しかも、なんだか安心する香りがするわね。」
翔太の胸の奥で、なにかがほどけた。
「ありがとうございます。本当に、嬉しいです。」
しばらくのあいだ、二人は窓辺に向かって椅子を眺めた。まるで、静かな観客のようにその存在を見守っていた。
やがて女性がふと口にした。
「また、頼んでもいいかしら?次は主人の分も欲しくなってしまったわ。」
翔太は驚き、そして思わず笑った。
「もちろんです。ご主人にも、気に入っていただけたら嬉しいです。」
椅子をつくるということは、ただ物を届けるだけではない。その人の暮らしに、小さな場所をつくること。翔太はそれを、この一脚を通じて深く感じた。
帰り道の夕陽の中、翔太はトラックを走らせながら、もう次の設計図を頭の中で描き始めていた。
物語は、まだ続いていく。
(25話へつづく)
(文・七味)