失敗作を修復し、自分の手で生まれ変わった椅子を眺める時間を経た後、翔太の中では「次に進む」ための、新たになすべきことへの覚悟、そして情熱に燃える雰囲気がなお一層漂い始めていた。
ただの一歩ではない。自分の中で絶えず描き続けていた「理想形」に近づくための一歩だった。
翔太の頭には、細くなめらかな曲線を持つ背もたれと、体を優しく取り回すような座面のイメージがあった。 その椅子は、使う人にそっと合わせ、行動を制約せず、自然に一緒に時を過ごすような存在であって欲しいと思っていた。
スケッチブックを開き、すでに描き込んでいたラフスケッチでのラインを見直す。過去のデザインスケッチなどを整理し、心の音に耳をすませる。
何度もラフを描き直し、木材の部分を指先で確かめながら、ある時は直感でラフスケッチを組みたてていく。
そんな慌ただしい日々の中でも、何も気にしないで木と向き合う時間そのものが、少しずつ理想形への道を広げていった。
村上は、その様子を遠くから見つめ、ときおり言葉をかけた。
「作品がどんなだろうと、みんな楽しみにしてるぞ。」
翔太は、この言葉によって覚悟決めた。
自分のためだけではない。何かを作ることは、誰かに伝わり、次へ繋がることなのだと。
その夜、伊藤佳奈が現れた。
「新作、進んでるみたいね。ラフスケッチ、前より美しくなってる。」
「ありがと。やっと、何かが見えてきた気がするんだ。」
木材のサンプルをすり合わせたり、メモを互いに確認したり、そんな二人の些細な交わりが、翔太をさらに奮い立たせていった。
理想形への道のりは、一種の自分自身との対話でもあった。
こうして、また一歩、また一歩。
翔太は、木の流れに耳をすませながら、着実に理想形へと近づき始めていた。
(22話へつづく)
(文・七味)