小さな展示会を終え、習った生まれた自信を育てつつあった翔太だったが、その路中である「けじめ」をつけたいと考え始めた。
「まだ、あれを放っておいたままだ。」
翔太が心のどこかで返りみたくなる、そんなものがあった。それは、第2号の試作品である。
正直、直視することもつらい。床に置いたまま、傷が入った木材と傷ついた自分の心の跡を一緒にするのが怖かった。だが、翔太は思った。
「何もなかったふりして進むんじゃなくて、失敗を糧にして、もっと前に進める。そう、もっと前に進むんだ。」
その夜、試作品に座り、その椅子をそっとなでた。手元に流れる木の手ざわり。その木のぬくもりを感じた時、なんとも言い難い感情が湧き起こった。それは悔しさや辛さではなく、前を向く勇気や希望の感情のような気がした。その感情がなんだったのか、はっきりしないまま夜がふけていった。
そして、翔太は、もう一度この椅子に向き合うことを決意した。
幾多の村上の言葉を思い出しながら、翔太は木の声に耳を傾けた。木はこちらが耳を済ませ、寄り添わないかぎり、決して語りかけてこない。
決して長くはない年月だけれども、今まで積み重ねてきた日々があったからこそ、翔太は木が語りかけてくる感覚をようやく得ていた。そして村上、佳奈の応援や励ましがあったからこそ、ここまで辿りつたことも自覚しつつ、心の中で感謝し、そっと手を動かしていった。
足の角度のずれ、継ぎ合わせのズレ。すべてを慎重に丁寧にゆっくりと時間かけながら、試行錯誤していった。
どうすれば木が最も気持ちよく継げるか。そのことだけを考えながら、手を動かした。そして、この椅子に座る人を思い浮かべた。それを繰り返すことで、失敗作を新しいものに蘇らせた新しい自分がいた気がした。
やがて、再生した第2号が形を表し始めた。
作業が終わる頃、村上がそっと近づいてきた。
「またこいつと向き合ってんのか。」
「はい。」
翔太が答えると、村上はニヤリと笑った。
「いい顔してんな。失敗と向き合えるやつは、最強になる。」
村上の言葉に励まされながら、失敗作と向かい合って本当によかったと思った。少しほくそ笑みを浮かべつつ、再度真剣な眼差しを見せる翔太がいた。
ほっと一息ついていると、今度は何やらコーヒーを片手にもった、伊藤佳奈がやってきた。
「その椅子、もうすぐだね。」
「ああ、やっと。」
「最初はどうなることかと思ったけど、いい顔してるよ。翔太くんの手仕事、わたし好きだよ。」
頼もしくて、やさしくて。そんな言葉に、翔太はドキマギして、だけど最大限の感謝を返した。
「ありがとう。」
その声とともに翔太の成長が漂い始めていた。
失敗から生まれる成功。その経験は、翔太の心に永久に残る。失敗を怖がらずに、作り続けていくことの中にこそ職人の道があるんだと思った。失敗したからといってそこで歩みを止めていては何者にもなれない。失敗を次へのステップの糧にする勇気、それを改めて心に刻んだ。
(21話へつづく)
(文・七味)