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NOVEL

2025.02.21

小島屋短編小説「夢を削る日々」第15話「 自然との対話」

新しいデザインの椅子を作り上げ、村上から「いいじゃないか」と言われた翔太は、少しだけ自信をつけていた。しかし、次の作品ではさらに完成度を高めたいという思いが強くなっていた。そのためには、木材についてもっと深く知る必要があると感じていた。

そんなある日、村上がふとこんなことを言った。

「お前、たまには山を見に行け。」

「え、山ですか?」

「そうだ。木を使うなら、木がどこでどう育っているのか、ちゃんと見てこい。」

翔太は最初、何のことかよくわからなかった。工房にある木材は、製材されてすでに加工しやすい状態になっている。しかし、それがどんな環境で育ち、どうして今の形になっているのかを知ることで、木に対する理解が深まる——村上はそう言いたかったのかもしれない。

森の中へ

週末、翔太は村上の知り合いの材木屋の紹介で、山の中に入ることになった。案内してくれたのは、林業を営む田村という初老の男だった。無骨な手でチェーンソーを持ち、年季の入った作業服を着ている。

「木工をやってるって聞いたけど、山に来るのは初めてか?」

「はい、普段は工房の中ばかりで……。」

「なら、いい機会だな。木はな、こうして生えてるときが一番強いんだ。切り倒されて乾燥されると、少しずつ命が抜けていく。でもな、不思議なことに、使われることでまた別の形で生き続けるんだ。」

その言葉が、翔太の胸に響いた。

森の中を歩いていくと、大小さまざまな木々が立ち並び、それぞれ違う表情を見せていた。力強くまっすぐ伸びるナラやクリの木、柔らかな印象のスギやヒノキ。風に揺れる葉の音、土の香り、そして木の幹を触ったときの感触——翔太は、今まで工房で接していた「加工された木材」とはまるで違う「生きている木」に圧倒された。

「この木、すごく太いですね。」翔太が一本のナラの木を見上げながら言うと、田村がうなずいた。

「この木はもう百年以上ここに立ってる。生きている間に、何度も台風に耐え、雪をかぶりながら育ったんだ。その間に木目が詰まり、強くて美しい材になる。でもな、逆に早く育ちすぎた木はスカスカで、加工するとすぐに割れる。」

翔太はその話を聞いて、これまでの自分の木材の選び方がいかに表面的だったかを思い知らされた。木材の種類や見た目だけでなく、その木がどんな環境で育ってきたのか——それこそが、木の性質を決めるのだ。

木との対話

翔太はふと、一本の倒れかけた木に目をとめた。根元が曲がり、幹が歪んでいる。それを見て、「これって家具には向かないですよね?」と田村に尋ねると、田村は少し笑った。

「普通の職人ならそう思うだろうな。でも、村上は違うんじゃないか?」

「……?」

「お前の師匠は、木に『向き不向き』なんて決めつけないだろう。大事なのは、この木がどう生きてきたか、それをどう活かすかだ。」

翔太はハッとした。これまで「いい木材」を選ぶことばかり考えていたが、「木そのものの個性を活かす」という視点は持っていなかった。

村上が工房で言っていた言葉を思い出す。

「木は、それぞれの人生を持っている。それを殺すか活かすかは、職人次第だ。」

翔太は、工房で木材を選ぶとき、表面の木目や硬さばかりを気にしていた。しかし、本当に大切なのは、その木がどんな環境で育ち、どんな特性を持っているかを理解することなのではないか——そう考えたとき、彼の中で何かが繋がった。

新たな視点

山を下りるとき、翔太は一本の小さな枝を拾った。まだ乾燥されていない、生の木だった。それを手に取り、指でなぞりながら思った。

「この木も、誰かの家具になるかもしれないんだよな……。」

翔太は、工房に戻ったらまず木材選びのやり方を変えてみようと思った。これまでのように単に「良質な木」を探すのではなく、「この木はどんな風に使われるべきか?」を考えること。それこそが、職人としての本当の木との向き合い方なのではないか。

翌日、工房に戻った翔太は村上にこう言った。

「木って、生きてるんですね。」

村上は少し驚いたように翔太を見たが、すぐに微笑み、「やっと気づいたか」とだけ言った。

翔太は新たな視点を持って、再び作業台に向かう。木はただの素材ではなく、それぞれが歴史を持つ存在だった。翔太は、それをどう活かすかを考えながら、次の作品に取り掛かることにした。

木と対話しながら作る椅子——翔太の新たな挑戦が、ここから始まる。


(16話へつづく)
(文・七味)