NOVEL

2025.02.14

小島屋短編小説「夢を削る日々」第14話「 デザインの再構築」

翔太は、完成した椅子を見つめながら考え込んでいた。やり直した試作品は以前よりも完成度が上がっていたが、どこか「自分らしさ」が欠けているように思えた。技術的には間違いなく前進している。しかし、その椅子が「翔太の作品」として明確な個性を持っているかと問われれば、自信がなかった。

「お前の椅子は、何を大事にしてる?」

村上の問いかけが、翔太の胸に重くのしかかった。

「座り心地を良くしようとか、木目を活かそうとか、いろいろ考えたんですけど……なんか、まとまってない気がするんです。」

「まあ、そうだろうな。お前の椅子には、お前の『意志』が足りない。」

村上はそう言うと、工房の奥にある一脚の椅子に手を置いた。それは、彼が数年前に作った作品で、何の装飾もないシンプルなデザインだった。しかし、不思議と強い存在感を放っていた。

「この椅子、どう思う?」

翔太は改めてそれをじっくりと眺めた。木の質感が自然に活かされ、座った人を包み込むような優しいカーブが施されている。どこにも無駄がないのに、冷たさはなく、むしろ温かみすら感じられた。

「すごく……落ち着きます。」

「そうだろう? これは、俺が『長く使われる椅子』を作ろうと思ってデザインしたものだ。」

翔太は、その言葉にハッとした。これまで自分は「技術的に完成度の高い椅子」を作ろうとしていた。しかし、それは単に「正しい形を作ること」に意識を向けていただけで、自分が本当に作りたい椅子の『目的』を考えていなかったのではないか。

「……俺は、どんな椅子を作りたいんだろう?」

翔太はスケッチブックを開き、これまでのデザインを見返した。何十枚ものラフスケッチが並んでいるが、そのどれもが「何かの真似」だったことに気づく。村上の椅子や、雑誌で見た名作チェアを参考にしたものばかりで、そこに自分自身の考えが込められていなかった。

自分にしか作れない椅子とは何か。それを見つけるために、翔太はもう一度、ゼロからデザインを考え直すことにした。

その夜、翔太は実家に帰り、自分の部屋にある古い木製の棚をじっと見つめていた。それは、中学生の頃に初めて作った作品だった。ぎこちない仕上がりではあったが、不思議と愛着がある。そういえば、あのときは「どんなデザインにしよう」などと考えず、ただ「自分が必要な棚」を作ろうとしていた。

「そうか……」

翔太は、自分の原点に気づいた。自分が作るべき椅子は、「誰かの生活にそっと馴染む椅子」なのではないか。奇抜なデザインや流行に左右されるものではなく、使う人が自然と手を伸ばしたくなるような、そんな椅子を作りたい——そう考えたとき、頭の中で一つの形が浮かんできた。

「よし……描いてみよう。」

工房に戻った翔太は、スケッチブックを広げ、新しい椅子のデザインを描き始めた。背もたれは、ゆるやかに曲線を描き、座る人の背中に優しく寄り添う形にする。脚は細すぎず、しっかりとした安定感を持たせる。無駄な装飾は省き、木の質感を活かしたシンプルなデザイン——それでいて、どこか温かみを感じる椅子。

スケッチが仕上がると、翔太は村上に見せた。村上はじっと見つめた後、静かに言った。

「ようやく、お前の椅子になってきたな。」

その言葉が、翔太の胸に深く響いた。

デザインが決まると、翔太はさっそく試作に取りかかった。木材を選び、道具を丁寧に手入れしながら、一つひとつの工程を慎重に進めていく。これまでとは違い、ただ「作る」だけではなく、「この椅子にどんな意味を込めるか」を意識するようになった。

最も時間をかけたのは、背もたれのカーブだった。体を自然に預けられるようにするには、どの角度が最適なのか。何度も削り直し、実際に座ってみて微調整を重ねた。翔太は、ただの木の塊が「椅子」へと変わっていく感覚に、強い充実感を覚えていた。

そして、数週間後——ついに試作品が完成した。

翔太はそれを村上に見せ、緊張しながら評価を待った。村上は椅子をじっと眺め、何度か背もたれや座面を触り、ゆっくりと座った。そして、しばらくの沈黙の後、ぽつりと一言だけ言った。

「いいじゃないか。」

その言葉を聞いた瞬間、翔太の胸に込み上げてきたのは、今までにない達成感だった。まだ改良の余地はある。しかし、ようやく「自分だけの椅子」の第一歩を踏み出せたのだと実感した。

翔太は、再びスケッチブックを開いた。今度は、さらに改良したデザインを考えるために——もっと理想の椅子に近づくために。

デザインの再構築は終わりではなく、ここから新たな挑戦が始まるのだった。


(15話へつづく)
(文・七味)