NOVEL

2025.02.07

小島屋短編小説「夢を削る日々」第13話「 挫折と再挑戦」

工房での生活にも慣れ、翔太は少しずつ職人としての自信をつけていた。試作品第5号の椅子が村上に「まあ、座れるな」と認められたことは、小さな成功だった。それが嬉しくて、次の作品ではもっと完成度を高めたいという意欲が湧いていた。しかし、その自信は次の挑戦で簡単に打ち砕かれることになる。

村上は翔太に新しい課題を出した。「今度はお前が最初から最後まで、一人で椅子を作れ。デザインも、お前が考えるんだ。」翔太はその言葉に意気込んだ。試作品第5号は、村上の指導のもとで何度も修正を加えながら仕上げたが、今回は最初から最後まで自分の力だけでやるという試練だった。

翔太はスケッチブックを広げ、じっくりとデザインを考えた。これまで学んだことを生かし、シンプルだが温かみのある椅子を作ろうと決めた。長く座っても疲れないように、背もたれには緩やかなカーブをつけ、座面も適度なクッション性を持たせるために少しだけ曲面をつける。脚は安定感を重視し、適度に太さを持たせたデザインにした。

村上にデザインを見せると、「まあ、悪くはないな」と言われた。翔太はその評価に少し安堵し、すぐに作業に取りかかった。

翔太は、慎重に木材を選び、丁寧に切り出していった。鉋の扱いも以前よりは慣れており、削るたびに木目が美しく浮かび上がってくるのが楽しかった。しかし、組み立ての段階に入ったとき、最初の問題が起きた。

「……あれ?」

脚を組み立てた瞬間、僅かにガタつきが生じたのだ。寸法を間違えたわけではない。しかし、微妙な角度のズレが全体のバランスを崩していた。接合部の精度が甘かったのだ。翔太は焦った。修正しようとノミで削り直し、何とか形を整えようとしたが、いじればいじるほど木材が削れすぎ、さらにバランスが崩れてしまった。

「ダメだ……」

一度組み立ててしまったものは、簡単にやり直せるものではない。何とか誤魔化そうとしたが、座ってみるとやはり安定感に欠けている。木工の世界では、ほんの僅かなズレが命取りになる。翔太はそれを痛感し、愕然とした。

試作品を村上に見せると、一瞥しただけで「ああ、ダメだな」と言われた。その言葉が、今まで以上に重く感じた。

「やり直せ。」

翔太は、自分の失敗を突きつけられた気がして、悔しさでいっぱいになった。村上の言う通り、もう一度最初から作り直さなければならない。それがどれほど大変なことか、翔太にはよく分かっていた。それでも、ミスを誤魔化して作り上げるわけにはいかない。

落ち込んでいる翔太を見て、佳奈がぽつりと言った。「失敗って、そんなに悪いことかな?」

「……どういうこと?」

「私、この前のスツール、座面を薄くしすぎて割っちゃったんだけどさ、失敗したことで『この木材はここまで薄くするとダメなんだ』って分かったんだよね。」

翔太は、その言葉に少しだけ気持ちが軽くなった。失敗は単なる挫折ではなく、次への学びなのかもしれない。

翔太は自分の失敗を振り返った。ガタつきが出た原因は何だったのか。考え直してみると、組み立てる前にもっと細かく仮組みをし、微調整を重ねるべきだったことに気づいた。寸法だけでなく、木材の性質や接合部の構造も考慮しなければならない。翔太はメモを取りながら、自分のミスを整理し始めた。

数日後、翔太は再び同じ椅子作りに挑戦した。今回は、接合部の精度を徹底的に高めることを意識した。仮組みの段階で微調整を繰り返し、少しでもズレがあれば慎重に削って調整した。時間はかかったが、その分、組み立てる前に確かな手応えを感じられた。

完成した椅子を村上に見せると、彼はしばらく無言で触れてから、ゆっくりと座った。そして、「前よりはマシだな」と短く言った。その言葉に、翔太はようやく胸をなで下ろした。

「でも、これで満足するなよ。」

村上は続けて言った。「失敗して、それをどう活かすかが職人の仕事だ。お前は今回の失敗を次に活かした。だから前よりいいものができた。でも、次はまた新しい課題が出てくる。それを乗り越え続けるしかない。」

翔太はその言葉を噛みしめた。たった一度の成功で満足してはいけない。職人の道とは、失敗と挑戦を繰り返しながら、一歩ずつ前に進んでいくものなのだ。

悔しさをバネにし、翔太は再び木材に向かい合う。次こそは、もっと完成度の高い椅子を作る——そう心に誓いながら。


(14話へつづく)
(文・七味)