NOVEL

2025.01.17

小島屋短編小説「夢を削る日々」第10話「 小さな成功」

村上の工房で椅子作りに挑み続けて一年近く経った頃、翔太はついに自分の手で作った椅子を完成させることができた。それは、試作品第5号となる椅子だった。これまで数えきれないほど失敗を重ね、削りすぎたり接合が甘かったりと、問題だらけだった翔太の作品。しかし、この第5号には、これまでの挑戦のすべてが詰まっていた。

試作品第4号までの椅子を振り返ると、その出来栄えに翔太は自分でも失望していた。木材選びから加工、デザインまでどれも未熟で、「何かが違う」と思いながら作業を進めていた。しかし第5号では、彼なりに慎重にデザインを練り直し、木材の特性をしっかり考慮しながら作業に取り組んだ。背もたれの角度を少し変え、座面の幅を広げ、脚のバランスを細かく調整したことで、ようやく「形になった」と思える作品ができたのだ。

村上にその椅子を見せるとき、翔太の胸は高鳴っていた。作業中に何度も細部を調整し、道具を手入れしながら磨き上げた自信作だったが、村上の厳しい目がそれをどう評価するのかはわからない。村上は椅子をじっくり観察し、背もたれや接合部を指で触れながら、最後にゆっくりと腰を下ろした。

「……まあ、座れるな。」
その一言に、翔太は思わず息をついた。それは、村上が初めて翔太の椅子を「使える」と認めた瞬間だった。これまで「まだまだだ」や「やり直せ」と言われ続けてきた翔太にとって、その短い言葉は何よりも大きな意味を持っていた。

しかし、村上の評価はそこで終わらなかった。
「背もたれの高さは悪くない。けど、長時間座ると疲れるかもしれないな。座面の幅もいい感じだが、少し平らすぎる。座る人の体をもう少し包み込むような形状にできれば、もっと良くなる。」
村上の指摘は辛辣だったが、翔太はそれを素直に受け止めた。完全な成功ではない。それでも、翔太には確かな手応えがあった。自分の椅子が初めて「評価されるもの」として認められたことが嬉しく、同時に次の課題もはっきりと見えてきた。

その晩、翔太は工房の一角で完成した第5号の椅子をじっと見つめていた。無骨な部分や未完成なところも多いが、それでもこの椅子には、彼の汗と努力の痕跡が刻まれていた。木材を選ぶときに迷い、鉋やノミを何度も研ぎ直し、接合部を何度もやり直した記憶がすべて詰まっている。翔太は椅子の背もたれに手を置きながら、自然と笑みがこぼれた。「少しだけど、前に進んでる気がする。」

翌日、佳奈も翔太の椅子を見て感想を伝えた。「いいじゃんこれ。なんか翔太っぽい感じがするよ。」その言葉に、翔太は首を傾げながら「翔太っぽいって何だよ」と聞き返したが、佳奈は笑いながら「知らないけど、なんか温かい感じがするんだよね」と答えた。その言葉は翔太にとって不思議な喜びをもたらした。「温かい椅子」——それが自分の椅子に対する印象だというなら、悪くない。むしろ、自分が目指したい方向性かもしれないとさえ思えた。

小さな成功。それは、目に見える大きな成果ではないが、翔太にとって確実な進歩だった。この第5号の完成を通じて、翔太は自信を得ると同時に、職人としての新たな課題を意識するようになった。椅子の形だけでなく、座る人のことをもっと深く考えること。どんな生活の中でその椅子が使われるのかを想像すること。自分の技術だけに集中するのではなく、椅子を使う人とのつながりをデザインに込めること。

村上の評価を胸に、翔太は次の椅子作りに向けて動き出した。「まだまだやれることがある。」それが、翔太の中で明確になった思いだった。そして、この小さな成功が、次に目指すべき大きな目標への足がかりとなっていく。試作品第5号は、まだ「名作」と呼べるものではなかった。しかし、それは確かに、翔太の成長と挑戦の証であり、彼が歩んできた道のりの一つの成果だった。

翔太は第5号の椅子にそっと触れながら、静かに心の中で誓った。「次は、もっといいものを作ろう。」その決意を胸に、彼は再び工房の木材棚に向かい、新たな挑戦への第一歩を踏み出したのだった。


(11話へつづく)
(文・七味)