NOVEL

2024.11.07

小島屋短編小説「夢を削る日々」第1話「 夢の始まり」

翔太が初めて「家具職人になりたい」と思ったのは、まだ高校生の頃だった。学校の帰り道、ふと目に留まった古い家具店。表に置かれた椅子やテーブルが陽に照らされ、木のあたたかみがにじみ出ているように感じられた。そのとき店内から、作業台に向かって黙々と手を動かす一人の男性が見えた。精悍な顔つきで、道具を巧みに使い、木を削り出している。迷いのないその動きに翔太は見入ってしまい、自然と店の中に足を踏み入れていた。

その職人こそが村上健一だった。年齢は四十代後半、口数は少ないが、ひとつひとつの動作に確かな熟練が感じられる人だ。手先が触れるだけで、硬い木がまるで粘土のように柔らかく形を変えていく。その姿は翔太の目には魔法のように映った。

「椅子を作ってるんですか?」
思わず声をかけた翔太に、村上は少し驚いたように目をあげたが、すぐにうなずいた。「そうだ。これも仕事の一部だな」と淡々と答え、そのまま再び木に向き合った。その無駄のない動き、研ぎ澄まされた集中力に翔太は引き込まれ、「自分もこんな風に木と向き合いたい」と強く感じた。

それから翔太は、週末のたびに村上の工房を訪れるようになった。最初は無邪気な興味からだったが、次第に「職人としての生き方」を学びたいという思いが芽生えていく。木を触り、木の香りを嗅ぎ、木目の美しさを知るにつれ、翔太の心は深く木工に引き込まれていった。家では不器用に木を削り、自分で作った小さなスツールや棚に「これが最初の一歩だ」と誇らしい気持ちを抱いていた。だが、作るたびに、村上の椅子が持つ「何か」に届かない自分が悔しくもあり、またそれがさらなる挑戦意欲を駆り立てた。

高校を卒業した後、翔太は進学を選ばず、村上の工房で弟子入りを願い出た。予想以上にあっさりと承諾され、翔太は心の中で静かに拳を握りしめた。「村上さんみたいな椅子を作りたい」そう告げた翔太に対して、村上はただ頷いただけだったが、その一言がどれほど重い意味を持つか、翔太はまだ知らなかった。

弟子入り初日、翔太は朝早くから工房に入り、村上の指示を待っていた。工房には、木の香りと削りくずの感触が漂い、まるで時間がゆっくりと流れているような静寂があった。だが、村上が指示したのは、意外にも「掃除」だった。何も教わらずに、ただ黙々と床を掃き、道具を拭く日々が続いた。「何か作業をさせてもらえる」と期待していた翔太にとって、この日課は少しもどかしいものだった。しかし、掃除を続けるうちに、工房の隅々までに目が届くようになり、道具や木材の扱いにも自然と気を配れるようになっていった。村上の一つ一つの道具の手入れが行き届いていることに気づき、それが彼の仕事への真剣さを象徴しているように思えた。

数週間が過ぎた頃、ようやく村上は翔太に木材を渡した。「この木で何か作ってみろ」その一言に翔太の心は躍った。初心者の翔太には難しい木材だったが、村上の背中を見て育った彼は一心不乱に取り組んだ。しかし、簡単に理想の形にはならず、試行錯誤を繰り返すうちにあちこちを削りすぎ、木材は無惨な姿になってしまった。

翔太が悔しさで項垂れていると、村上が静かに声をかけた。「木というのはな、触れるたびに変化していく。焦るな。お前がそこに心を込めるなら、それだけで木は答えてくれる。」その言葉が翔太の胸に響き、「木と向き合う」という村上の意味が少しわかるような気がした。

翔太にとって村上の言葉は、これまでのどんな授業よりも深く染みた。職人の道は決して楽ではない。名作を生み出すには、技術だけでなく、木と心で通じ合うことが必要なのだと理解し始めたのだ。

それからの日々、翔太は村上の言葉を胸に、自らの夢に向かって一歩一歩を進めていった。

(2話へつづく)
(文・七味)